想像を超えたものに出会いにいく

interviewee 石川直樹

──企画を聞いた時の感想は?

僕はまったくもって振付家ではなく一写真家に過ぎませんが、、自分のやれることをやれたらいいなという気持ちでお引き受けしました。振付とは生身の身体を見せるものだと思うのですが、僕には身体の動きを決めていくことはできないので、音楽家ジョン・ケージのチャンス・オペレーション(偶然性の音楽)というやり方を参考にいろんな偶然を取り込もうと考えています。

──『運命』振付に向けて、森下さんと富士山に登ったそうですね

少し話しただけでは森下さんのことも作品のこともわからないから、一緒に山登りに行けば少しは具体的にイメージできるようになるかなと思ったんです。森下さんが「富士山には一度も登ったことがない」と言うので登ることにしました。

富士山では、自然な流れで踊ってもらったりもしました。さらに猛烈な雨がたたきつける悪天候のなか、富士登山のなかでもっともハードな“お鉢巡り”までしてもらいました。“お鉢巡り”とは富士山の火口を一周することです。多くの方が火口の入り口を富士山の頂上だと思っているのですが、本当の頂上はその先の剣ヶ峰。やっぱり山登りは一番高いところまで行かなければならないんです。『運命』と名のついた楽曲に取り組むのならば、富士山で一番高い剣ヶ峰まで行って登山を完成させなければいけない。本当の体験をしないと意味がないですよね、運命を背負うわけなんだから。

けれども初心者ならば引き返すような暴風と横殴りの雨と数メートル先もかすむ濃霧で前も見えない状態だったので、励まそうと思って「今のこの感じを心に刻んでおくんだ。これが『運命』第三楽章なんだ。」みたいなことを言いながら登りました。四つん這いで進みながら、やっと登頂したのは朝4時。誰もいなかったですね。3778 mの石碑のところで森下さんに踊っていただきました。ご本人は軽い高山病になったと言っていますが、それほど疲れているようには見えませんでしたよ。悪天候のなか初富士山で“お鉢巡り”ができたのは、さすが身体を鍛えられているダンサーさんです。

──ダンスの稽古はいかがですか?

初めてのことばかりで楽しいですよ。これまで写真や映像や本はつくったことがあるけれど、生身の身体で作品を形作っていくのはまったくの未経験。もともと演劇や舞踊は好きでよく観ていましたし、身体表現にはずっと関心がありました。何かを感じることは面白いですね。稽古で森下さんが踊っているのを見るだけで、僕にとっては驚きですよ。「こんな動きをするんだ」「こういうことを考えてるんだ」というひとつひとつが新鮮で楽しいです。ダンスや舞台そして劇場はいろんな面白いことと出会える場だから、旅や山と一緒だなと思いますよ。

──石川さんは写真家であり冒険家ですが、どのようにダンスの振付をおこなっているのでしょう

実際の振付については、僕のイメージを伝えて森下さんに動いてもらったり、僕がなにかワードを伝えてそれを森下さんに体現してもらったりと、いろいろな動きの産み出し方を試みています。森下さんはすごく前向きな方で、なにか言えばすぐに反応してくれるし、想像とは違うことをしてくれるので面白いんですよね。旅と同じで自分の想像をこえたものに出会うことがなによりも面白いので、まずそこで起こることをすべて受け入れて、そのうえで振付を決めていこうとしています。そもそも僕のスタンスは、写真や映像の場合でも撮りたいものをきっちり撮るというより、偶然写り込んだものを大事にしています。偶然を取り入れていくことが好きだし、そうじゃないと山登りや旅はできませんから。

──どんな第三楽章になりそうでしょう?

第三楽章の振付のベースになっているのは、森下さんと富士山に登った時の体験と『運命』に対する僕の印象。第三楽章はカチカチと時間が流れていくイメージで、砂時計の砂が落ちるように時間が進んでいくような曲だなと感じています。映像で山を登るという「縦軸」をつくり、森下さんの身体を通じた時間の進みを「横軸」で表現し、舞台上でそのふたつが交わったらいいなと思っています

──石川さんにとって『運命』とは?

与えられるものかな。自分から変えるというよりは、あらかじめ決まっていて向こうからやってくるというイメージがあります。例えば、夏に森下さんと表参道のカフェで話しているうちに富士山に登ることになったのも運命だし、人生に偶然起こることはすべて運命でしょう。日々起こる偶然の連続を受け入れて、それが人生になっていく。だから振付にも偶然を取り入れられたらいいなと思っています。
登山も運命を受け入れないと登れなくて、その日が大嵐なら嵐に対する備えをして、晴れていたらどのタイミングで登るかを決断する。環境に合わせて自分を変化させていかないといけませんから、偶然を受け入れないと旅なんてできないですよ。旅は運命そのものだから、僕の持つその感覚を振付に取り入れていきたいです。その場その場で産まれた偶然を重ねて束ねることが、僕に合った作品づくりなんです。

取材・文・写真 / 河野桃子

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